精巣がん
ー 精巣腫瘍とは
比較的稀な疾患で、発生率は10万人に約1人程度といわれていますが、20~40歳代の青壮年期に好発し、進行が早いことが特徴です。早期から転移する場合が多く、転移巣による症状から発見されることもあります。たっだし、転移を有する場合でも化学療法、外科療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療により、比較的高い治療率が得られることも大きな特徴です。
精巣は、精子と男性ホルモンを作っている臓器で陰嚢内にあります。精巣腫瘍のほとんど(約95%)は、この精子を作り出す細胞(胚細胞)ががん化したものです。精巣腫瘍の組織には精上皮腫(セミノーマ)と呼ばれるタイプとそれ以外(非セミノーマ)に大別されます。非セミノーマは胎児性がん、 卵黄嚢腫、絨毛がん 、奇形腫のいずれかの成分が含まれています。
セミノーマと非セミノーマの分類は、その後の治療方針を決定する上で非常に重要です。その理由は、セミノーマでは抗がん剤を投与する化学療法と放射線療法がともに有効です。 他方、非セミノーマは転移を起こしやすく、より悪性の経過をとり、化学療法は有効ですが、放射線療法は有効ではないからです。
組織学的分類では、胚細胞腫瘍(精母細胞から発生するもの)が全体の約95%を占め、そのうちセミノーマが約70%、胎児性がんと複合組織型がそれぞれ約10%、卵黄嚢腫、絨毛がん、および奇形腫がそれぞれ数%となっています。
ー 症状
多くの場合、無痛性の陰嚢の腫大や、精巣のしこりに気づくことで発見されます。常に気をつけて精巣の大きさやかたさに注意していない限り、精巣内のしこりが小さい時期に自分で発見することは困難です。陰嚢内に硬いしこりが触れる場合、精巣上体(副睾丸)炎や精巣軸捻転などの病気が多いのですが、これらの疾患では多くの場合、痛みや発熱などの症状を伴うことが特徴です。
転移病巣による症状で発見されることもあります。例えば、腹部大動脈や大静脈の周囲のリンパ節が非常に大きくなった場合には、心窩部(しんかぶ:みぞおちのあたり)に硬い大きなしこりを触れたり、このしこりによる腰痛を訴えたりするようになります。腹痛や呼吸困難、首のリンパ腺の腫れ、体重減少、乳首の痛みや腫れなどもおこります。また、咳とともに血液が混じったりした痰が出たりすることもあります。
ー 診断
(1)触診
精巣そのものにしこりや腫れが有ることを確認します。腫瘍が小さく、精巣の一部を占めるだけの時には、触診でやわらかい精巣の中の硬いしこりとして触れます。腫瘍が精巣内をほとんど占拠するようになると、精巣全体が硬いしこりとして触れます。
(2)超音波検査
陰嚢内に水がたまっていて精巣そのものが触れにくい場合、精巣の腫瘍が小さい場合などにとても有効な検査です。超音波検査では、腫瘍か水腫かの判断もできます。
(3)血液検査
精巣原発の胚細胞腫瘍の診断において、腫瘍マーカーの役割は非常に重要です。腫瘍マーカーとは、腫瘍細胞が産生する物質で、腫瘍の種類や量を知る目印になるものです。腫瘍マーカーには、αフェトプロテイン(AFP)、HCGあるいはHCG-β、ときにLDHなどがあり、この腫瘍マーカーの種類と存在する病理組織像の間には相関があります。そこで、腫瘍マーカーの数値により、病理組織が推定できるわけです。ただし、すべてのタイプの腫瘍が腫瘍マーカーを産生するわけではありません。セミノーマや奇形腫では、多くの場合腫瘍マーカーは上昇しません。
(4)転移の有無
原発病巣の診断が確定したら、次に転移の有無に関する診断を開始します。精巣に発生した胚細胞腫瘍は、他臓器にみられる悪性腫瘍と同様に、原発臓器(精巣)にしばらく限局して増大し、やがて転移します。多くの場合、最初に転移するのは腹部大動脈周囲のリンパ節で、精巣からリンパ管を経由して転移します。次いで肺や横隔膜より上のリンパ節、さらに肝臓、脳などに転移します。腹部リンパ節転移や肝転移に対しては腹部CTや腹部超音波検査、ときにMRIなどが実施されます。
ー 病期(ステージ)
精巣腫瘍は以下の病期に分類されています。
I期 腫瘍が原発病巣に限局して存在しており、転移が無い場合をいいます。実際には、原発病巣である精巣摘出後に、各種の転移を検索する検査で異常を認めず、かつ腫瘍マーカーの上昇があった場合には、この数値が精巣摘出後に順調に低下し、正常化した場合をI期としています
II期 横隔膜以下のリンパ節転移、つまり腹部大動脈、大静脈周囲のリンパ節だけに転移している状態をII期と定義しています。このII期を、さらにリンパ節のサイズにより、小さい時をIIa期、大きい時をIIb期と細分類しています。
III期 転移が横隔膜以上のリンパ節にまで認めれた場合をIIIa期、肺に認められた場合をIIIb期、さらに肝や脳などの肺以外にも転移が認められた場合をIIIc期としています。
この病期分類は、がんの進行にしたがって定義されたもので、治療方針を考える上で極めて実際的なものです。
ー 診断
精巣腫瘍には、まず診断を兼ねた高位精巣腫瘍摘除術を行い、その後病理組織、および病期に応じて1)経過観察、2)放射線治療、3)化学療法、4)後腹膜リンパ節郭清術、などが施行されます。
放射線治療;病期I セミノーマ術後あるいは病期IIa セミノーマで行うことがあります。
化学療法;病期IIb以上のセミノーマと、病期II 以上の非セミノーマでは、化学療法が選択されます。化学療法としては、シスプラチン、エトポシド、及びブレオマイシンの3剤併用(BEP 療法)、を2~4 コース行います。これにより、腫瘍マーカーが陰性化、かつ画像上腫瘍が消失しなければ、さらに、エトポシド、イフォマイド、及びシスプラチンの3剤併用療法(VIP 療法)を施行いたします。その他、通常の化学療法で効果が十分でない場合、抹消血肝細胞移植が可能であれば、超大量化学療法を行います。
後腹膜リンパ節郭清;病期II 以上で化学療法を施行後も、後腹膜リンパ節転移が残存する場合には、そのリンパ節を切除します。摘出標本に生存する癌細胞が残存している場合には、さらに術後化学療法が追加されます。
I 期の場合
原発の精巣を切除するだけで、あとは何もしないで経過観察をします。ただし、10~20%のかたには、検査で発見できない腫瘍が隠れている場合があり、経過観察中に発見される場合があります。このような可能性を防ぐために、切除組織の結果によってはよくご相談の上、放射線照射を追加あるいは、化学療法を追加する場合もまれにあります。
IIa 期の場合
セミノーマであれば、放射線治療あるいは化学療法を行い、非セミノーマであれば化学療法を施行いたします。
IIb 期以上の場合
化学療法を施行します。